NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
アフタフ・バーバンとは? プログラム スタッフ紹介 お知らせ スケジュール 出版物/音楽 バーバンNOW 部ログ 掲示板
バックナンバー
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2005年4月5日(火)

第61号『〈〜に、なりきる〉考』(千葉知江子)

「(忍者に)なりきっているあの子は、すごいと思いました。」
「なりきっている子どもたちを見て、この遊びはすごいなぁと思いました。」
「大人の私も、今日はすっかりなりきってしまいました。」

〈〜になりきる〉という言葉で感想を寄せてくれる人たちが、たくさんいます。
アフタフ・バーバンのあそびの中で出会った子どもたちに、そしてそこで起こったことに感激し、感動してくれて、そのことを伝えたくて「〜になりきっていて、すばらしい」という言い回しになっているのだと思います。

その気持ちとてもわかりますし、ありがとうという感謝の思いで受け止めています。

さて、これから、少し理屈っぽくて、うがった言い方をして話を進めますので、気に障ったらごめんなさい。

〈〜に、なりきるからすごい!〉のなら、〈なりきっていない〉のはだめ?ですか。


さて、あそびの中では、なりきることもなりきらないことも間々あって、どちらも自由で、どちらがどうだっていうことはないのではとおもいます。
〜になりきっている人も、必ずや素の自分にもどってくるわけで・・・、戻ってこないでそのまま行ったままだったら怖いですし、むしろ、そのことの方が大変なことです。

例えば、アフタフ・バーバンのあの忍者まちを走る!のあそびの中でも、我を忘れて〜になっている自分と、どうやっても素だとおもう自分がいる。
この行ったり来たりしている世界があそびの世界であって、その両方のバランスを自分なりにとっていることが遊んでいることで、おもしろがって居る状態ではないでしょうか。

ある時、〜なりきれなかったぁ、と自分に落ち込んでいるお父さんがいました。
いいんですよ。所詮あそびの世界です。忘我の時が来なくても、それはそれ。人生これで終わるわけじゃなし。
そんな自分を、まぁ今日はこんなものでした・・・と思えばおもしろいと思いませんか。
軽くいなせるのが、あそびの世界です。
〜なりきりが重要課題ではなくて、その人がどう心動いたかですよ。
そのお父さんの答え。「そういう意味じゃ、おもしろかったですよ。私遊んでいましたね」

だとすると、あそぶことを〜なりきっていることでしかみれないと、目に見えることでしか判断できずに評価してしまう人になってしまうのではないでしょうか。 
つまりは、私たちはその子の思いを共感しているのではなくて、自分が目に見えたものを評価しているのではないでしょうか

人を理解すること、人が見えることは、その人その子の心の有り様を、感じること、想像することでしかとらえられないことです。
それは目に見えてないことの方が多いのです。

共感と評価、自分だったらどちらが嬉しいでしょうか。

〜なりきる・・・という言葉。
くれた人と私たち同じ思いなのに、この言葉に違う意味を感じてしまった。。

こんなふうに、同じ言葉を使っていても、意味していることが違っていたり、同じ思いなのに違う言葉を使ってすれ違ってしまったり、言葉で伝えることの難しさってありますよね。

さて、最後になにが言いたいかというと・・・、
〜になりきることも素敵だけれど、〜になりきらないでいる思いにも心馳せていけるようになりたいです。
目には見えねども、素晴らしいことはたくさんある。
そのことを感じる心を創りたい。感じあえる人と人の関わりをもちたいなぁ。

一覧へ戻る ページトップへ
| このサイトについて | サイトマップ | お問い合わせ |
Copyright (c) Afutafu-barban All Rights Reserved.