前回の北島バーバンNOWに引き続き、湧き上がる感情に向き合うです。
今回はその中の〈負の感情に向き合う〉ことについてのNOWです。
その前に一つのエピソードを・・・。
つい先日東京杉並で。幼児の表現あそび「おひさまさがそう!」の中で、怖くて泣いてしまった2歳と3歳の子どもがいました。
〜夏の大きなおひさまは、クシャミをしたせいで2つに割れてしまい、中からおひさまのかけらが飛び散ってしまいました。
それでお日様は小さくなってしまい、夏なのに寒い寒い!
こどもたちは、きらきら山へ飛び散ったかけらを探しに。
大きな真っ赤な布の中にかけら(新聞紙をキラキラと言うおまじないで丸くして)を集めてくると、どんどん大きなおひさまに元通りになりました。
でも、アララ、またくしゃみが・・・
このあそびの中で3歳の女の子が突然こわい!といって、おひさまから逃れるように泣いてしまいました。
おかあさんに必死につかまっています。見ると2歳の男の子もいっしょに泣いています。
真っ赤な布、大きな布が圧倒的な大きさに感じて怖くなったのでしょうか。
他の子どもはおひさまの中入って、日が昇り沈むという動き(みんなで引っ張って)を楽しんでいたのですが、その時泣いていた2組の子どものお母さんが「ほーら、おひさまこっちへ来るよ!うわーっきたぁ!」と言ってわが子をギュッと抱きしめる。
子どもはわっとしがみつく。
「じゃぁ・・・あっちへいっけ〜!と、言ってみてごらん」と私達。
子ども「あっちへいけっ!」・・・・おかあさん「また、こっちへきたきた!」
「あっちへいけーっ」「ほーらきたきたきたー」「あっちへいけー」・・・その度にお日様を動かしているみんなと、2組の親子が押したり引いたり。このやりとりの中で、あらっ!なんか楽しいね、おもしろいね〜のあそびになりました。
その子は、おかあさんとおひさまたちののやりとりを見ながら、怖がらなくて、もう大丈夫・・・かな?と。
そのお母さんはまず、怖がった子どもをギュッと抱きしめ、その場からそっと離れました。
抱きしめながらもお母さん自身は、いつあそびに戻してあげられるか、とタイミングを計りながら、このあそびを見ていたようです。
子どもの感情を抱きしめながら、あそびのおもしろさの中で大丈夫よと、言ってあげていた2人のおかあさんは終始笑顔でした。
「こわがるな!」と封じ込めるのでもなく、「こんなことで怖がるなんて・・・」と子どもの感情を閉ざしてしまうのでもなく、「あっちへ行け!」と子ども自身がおひさまに言う勇気を支えている。
その子の中に湧き起こった感情を、上手に支えているおかあさん。
どうしていいか分からないときにまず、戻っていけるところ。まさに母港たる母親の存在が子どもにとって何よりも力だなぁと思いました。
感情の湧き起こり方は、ひとり1人違います。
あえて脅かそうとするお化け屋敷でさえ、同じ感情が出るとは限らないように、他からのコントロールよりも、自分自身が何を感じられるかの問題が大きいでしょう。
負の感情・・・怖い、さびしい、いらいらする、いやだ、わからない・・・・いっぱいありますが、今この感情に向き合うことを避け、そこに生じる葛藤をないものにしようとする心のベクトルが強くなっているのではないでしょうか。
それゆえ、簡単に相手を排除、抹殺へと向いてしまうことも起きています。
〈死ぬ〉と周りの人を悲しませたり迷惑をかけてしまうから〈死にたい〉ではなく〈消えたい〉という気持ちだと、多くの自殺願望の人がいうのをききましたが、その時まで関わることで起きる葛藤を避けたいのかと愕然となりました。
今回講座のテーマは〈イメージの共有と感情の交流〉〜負の感情をどうコントロール・調整するか。
講座の内容を紹介すると長くなりますので、ここではカットしますが、レジメはありますので、知りたい方は問い合わせください。
掲示版に東京の表現講座の参加者からの報告書き込みがありましたが、これとは別に、参加者の中にいろいろな波紋が広がったようです。
負の感情に向き合うこと〜この言葉を実際自分に照らし合わせてみたとき、そんな簡単じゃな〜いよぉ!という嘆き。
嘆きと言うか、自分の中でどう処理していいか分からない〜という事態が引き続いているということ。
この講座の中で、自分でもわからない感情が生まれてしまったという。
どうしていいかわからない。分からないからある閉ざされた表現に自分を追い込んだ。でも、これじゃ辛いと思った。
なのに、ぼっそっという形でしかいえなかった。
ある人が、自分の中に生じた負の感情をどう処理していいかわからなくて、講座を進行した私の所に話に来ました。
自分のとった行動を、自分の気持ちがその時どうだったのか、ずっと考えていたそうです。
ずっと、自分っていやだなぁと感じ、どうしようもなくて・・・
話をしても、うーん、まだどうなんだか、うーんという状態で・・・と、その人は帰っていきました。
いろいろ話したのですが、私にはその人の葛藤の正体は、はっきりは分かりませんでした。
でも、今回の講座についてその人と話をしながら私が気が付いたことは、私自身の負の感情に対する向き合い方と、必ずそこには葛藤があって、大変だったぁということ。
負の感情に向き合う〜ことは、生易しくなかった。
自分に負の感情があること自体が辛くて、何とか誤魔化そう、見てみない振りをしたり、他に責任転嫁してみたり・・・つまりは、悪あがきを結構していた。
それで、どうしようもないところまで来てしまったときに、「こうなったら腹を括るしかない!」と。
とはいっても、それ以後も何回も何回も、負の感情に簡単にはに向き合えず、腹を括るまでにいたるのも、もう大変!。
ただ、そのうち私なりの腹の括り方のようなものが分かってきたような・・・
押してもだめなら引いてみな!
遠くへ近くへ〜の距離感をとってみる
微妙なさじ加減?
・・・なんか、いろいろな向き合い方、感情のコントロールをやってきたかも。
・・・なんか、いろいろな人との関わり方をとってきたかも。
その人がまだまだ葛藤しているように、それは簡単じゃない。やっぱり答えは自分で出すしかない。
でも、人と関わるから感情は生じてくるし、人と関わりながら自分の感情に道筋をつけられるのではないかと思います。
進行役の私にとっても、感情の交流〜負の感情からのアプローチの大変さとその大事さを講座の中に見ました。
(イメージの共有については、また機会があったら書こうと思います。)
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