NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2005年9月13日(火)

第80号『想像力は働いたのだろうか』(千葉知江子)

この日どのくらいの人たちに想像力が働いたのだろうか。
この日どのくらいの人たちが、〈選ぶ〉ことの向こうに想像力を働かせただろうか。
今日まで来ている道が、この先つながっていくことに、どのくらい想像力を働かせてこの日、自分の気持ちを決めたのだろうか。

翌12日の新聞の見出しには〈自民党圧倒的勝利〉〈小泉劇場の勝利〉〈勝ち組・負け組の2分ではなく、この社会はボロ勝ち組・ボロ負け組になった〉〈首相の「私」の思いの実現化のための選挙〉〈劇場政治と「私」の政治の前面化〉・・・・・

私は、選挙報道TVを見なかったので、朝刊で初めて目にした選挙結果でしたが、予想されていたとは言え、衆議院の3分の2をしめた自民党の数に驚いた・・・そうではなくて、この結果小泉首相の〈私〉が圧倒的に支持されことに、慄然としたのです。寒気がしました。

日本国民の大多数の人の意思が、そうした結果を生じさせたのですから、今まで来た道が更に続くことを甘受するということで・・・
で、いいの?本当にそれでいいという選択をしたの?私達!

有事立法があって、自衛隊海外派遣法ができて、国民に番号がつけられて、個人情報が管理されて、年金や介護や個人が豊かに楽になる方向は探ろうともせず、ニート、フリーター、リストラ、派遣法など社会を上のための下層づくりとしか思えない社会に拍車をかけて・・・
ゆとり教育が悪いから学力が落ちたと言い放ち、戦争で日本が何をしたのかを歴史を書き換えようとする動きの中の教科書、靖国、憲法改正にむけての審議会・・・
・・・こんな風に日本は動いてきているのに。

これはいいの?この道は間違えていなかったという選択だったの?これでよかったの?
日本のみんなは、これから先を、どんな風に想像したの?
私は、今日までの道が続く日本を想像したくなかった。違うことを想像した。


今日、たまたま、アフタフ・バーバンの2004年初頭発行の「つうしん」を目にしました。

〈2003年から2004年へ。思いは複雑です。〉〜という見出しで、自分で書いた文章です。
日本が、イラクに自衛隊を派兵?派遣?した時期の「つうしん」です。国内では〈人材派遣法〉なるものができ、そうした状況の中でこう書きました

『・・・・日本では一方では戦争というとてつもない事態に向かって進んでいて、一方では解雇が使用者側に都合よく簡単にできてしまう状況が進んでいる。
モノ言わぬ人間が増えているのではなく、モノいえない状況に追い込まれている人間が増えているのです。(企業内内部告発も行えない仕組みの法的規制が作られたことが先日記事になっていました)権力の中枢にいる人間にとってはまさに絶好のチャンスです。戦争のことを持ち出せるわけです。・・・』

多くの若い人たちが、経済的にも、働く場所も、働く意味もどんどん狭く少なく厳しくなって失われていく様子に、どうして?という憤りを強くもっていただけに、この選択の日から、〈ボロ勝ち組・ボロ負け組〉と社会を更に分けて行く力が大きくなっていくことが怖いです。
既に日本の社会には、中流はなくなったといわれる今、一握りの人間だけが、モノを所有し、モノを増やして、モノを言え、自分達の夢だけを実現していこうとしているとしか見えないのです。

私達は、もしかしたら社会の中でモノを言えないのではなくて、そのモノ自体を持つことができなくなっているのでは、ないでしょうか。
そのモノとは自分の未来に対する夢です。自分の生きていく先を想像することです。

子どもや高齢者、ハンディーをもった人たち、そしてニートといわれ、フリーターといわれ、派遣という一方的な雇用状況におかれる若者たち、人員削減という企業の生き残りのためにはじき出されてしまった人たち。
日本という国はどれくらいの負け組が今いるのでしょうか。いろいろな人たちのこと想像することができれば、もっといろいろなこと考えていろいろな選択ができたのかも知れない。


想像力は力だと思います。

短い言葉が耳障りが良く、分かりやすかったとしても、その言葉に隠されている意味を見つけることができるのは想像力です。
その隠された世界に思い至ることができるのは想像力です。
見栄えの良さや演出された場面を観客として眺めていてはいけないと、気づくのも想像力です。

自分がいる社会の様子を知ることができるのは、なぜ?という入り口から入ること。
そして目の前のことに対する知的好奇心と真実を感じる感性。そして物事を結びつける想像力です
その力を使うことを忘れてしまったり、使わなくてもいいと思ったり、いらないと思ったりしたとき、私達は誰かの号令に静かに従うことにのみ、快感を覚えるのでしょう。。


アフタフ・バーバンの活動は、自分の想像力を強くする活動だと思っています。

人に向かって想像力が発揮されるからこそ、その人が何を感じ何に思いを抱き、何を望んでいるのか見えるのです。
だから1人1人が違うことがわかりおもしろいと思うし、一人一人を認めることができるのです。
ひとり1人が大事にされるから、関わることがおもしろいし、楽しいのです。
人と人が、理不尽な向き合い方を強制されることを、一番嫌います。
アフタフ・バーバンのすべてのプログラムが、このことに向かっています。

今1人1人が潰されてしまう力が大きく働こうとしているのなら、ひとり1人が力を持つことを目指さなければならないと思うのです。
自分が自分らしく生きていこうと本当に思うなら、想像力を自分の力にしなければならないのと思うのです。

私達はこの社会に対して、想像力を働かせなければならないのです。

9月11日。この日、想像力は働いたのでしょか。

2005年9月12日記
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