NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2005年9月30日(金)

第82号『人に歴史あり 〜いずみこんこんワークショップより〜』(金子ざん)

ある高齢者デイケア施設に伺った折、ワークショップ(18名の参加)の最後のほうで、Aさん(男性)という方が、立ち上がって、栗拾いの様子を皆に伝えてくれました。
それを見た、Aさん担当のヘルパーの方が目を見張りました。
「お家にいるときは、ずっと椅子に坐っていらして、ただ首だけ動かして、何かをおっしゃっている方なんですよ。」
ヘルパーの方だけでなく、みんなが驚き、私もびっくりしました。


このときのテーマは、「『収穫の秋』から連想される、収穫のようす・情景を身体であらわして、他のチームに当ててもらいましょう。」というものでした。
チームで相談して、何を収穫するか、子どものころを思い浮かべながら、決めていこうとしました。
チームに分かれました。
しばらく、考えたのちAさんが栗拾いを提案しました。
Bさんという女性は、「栗は拾ったことがないけれど、ミカンならもいだことがあるわ」ということで、栗拾いに、ミカンもぎを披露することになりました。
拾うときのかごは、背中に背負う人、腰の脇にくくりつける人そんなやり取りをしているときは、坐っての表現でした。
だから、私も、「坐ったまま表現してくださればいいなあ」と思っていたのですが、どこがどうなったのか、「それじゃあ、やりますか」といきなりAさんが立ち上がったのです。
私の勝手な解釈ですが、他のチームの発表を見ているうちに、その気(相手に伝えたい、自分も表現してみたい)になったのだろうと思います。
他のチームは、稲刈り(おにぎりを作って食べるところまで)、マツタケ狩り(香りに包まれての皆さんのにっこりと笑った表情が秀逸でした)を見せてくれました。


Aさんの立ち上がってからの表現はこうです。
(1)棒を持って、手を伸ばし、木の上の栗を突付いて落とす(この時点で、まわりから「栗だ!」という声がかかりました)。
(2)足で踏んで、イガをつぶし、開く。
(3)器具を使ってよりイガを開く。
(4)しゃがんで、栗のみを拾う。
(5)栗を腰にくくったかごに入れる。


まわりから、歓声が起こりました。

念のためにいっておきますが、表現することが凄くて、しないことが負ということを言いたいのではありません。
もちろん、本番になって、「あとはあなたがやってみなさいよ。(私は練習でさっきいっぱいやったから)」などという場合もあります。

Aさんばかりでなく、この実感をともなった表現には、かなわないという事です。
絵が、像がしっかりと浮かんでくるのです。
と同時に、その方の人生、重さ、厚さ、経てきた道のり、さまざまあったであろうこと、歴史が、ぐっと迫ってくるのです。
想像は出来ませんが、感じることが出来るのです。
こんな生の感覚、実感が、ここの場だけで消化されてしまう、もっと言うなら、表出されることもなく消えていってしまう。
つながっていって欲しい、伝わって欲しいのに伝わらない、そんな悲しいことはないなあと思うのです。
世代を分断し、人を分断し、お互いが見えないことの悲しさを感じてしまいます。


「電話器」というテーマで、お話をしたときに、黒電話以前、呼び出し電話のことを参加者同士が口々に言葉を重ねる中で、私の教えて下さいました。
聞くところと喋るところが違う場所にあること、交換手さんとやり取りして、いったん受話器を置くことから始まって、電話が一家に1台はなかったからどうしたかなど、どんどん話が広がっていきました。
そこに皆さんの歴史があり、営みがあり、今があることに喜びがありました。


私たちは、「昔がよかった」とか、「昔のことを思い出してみましょう」「あなたの小さかったころを思い出してみましょう」という始点でワークショップに臨んでいるのではありません。
『そこから今へつながること』を忘れてはならない視点として持っています。
だから、今伝えたくなったことを伝えて欲しいし、今いる人とつながって欲しいし、人のつながりの中で生まれてくるものやその過程を大事にしたいのです。
その手がかりになるものとして、「秋の収穫」があり、「電話」があり、「季節の歌」…があると思いました。


「お月様の歌を思い出してみよう」というテーマで話し合っていると、「荒城の月」が出ました。
結構歌詞が難しくてどうかなあと思いましが、メンバーがいることで、最後まで継ぎ合わせて歌を歌うことが出来ました。
「そういえば私、学校の帰り道のいろんな歌を歌ったの。だから、覚えているんだわ」


自分の中にあることをこうやって思い起こすことが、何より、前向きな力になると思っています。


職員の方が、感想の中で、「日常の中にピンポイントの風が吹いたようだ」と言って下さいました。

思い起こすことから、それを表現し、共通のものになる、それが次への力となる。
そんな場作りがいろんなところでできたらと、改めて思う「いずみこんこんワークショップ」です。

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