3ヶ月に1回の、ハンディを持つ子どもとその家族向けのあそびの会に関わって4年目になります。
今回は小学1年生から青年まで10人。大人はお母さん、スタッフ、私達含めて10人です。
お馴染みの、歌って、踊っての自己紹介です。子ども達は、跳ねっぱなしです。続いて、30畳の和室の真ん中で、車座になり、食欲の秋にちなみ、好きな果物を紹介しながらの自己紹介。子どもは、「これが好き!」と、単純明快で、すぐ終わりますが、大人は長く生きてきた分、いろんな味を知っているので、ここで、結構語ります。
よく動く子どもと、よく話す大人。子どもも大人も、言葉、からだ、表情と、自分の得意な分野で、無理なく自然に自分を紹介できて、心地よい空気が広がります。だれもが、この空間にいていいんだという安心感があります。
暑かった夏を乗り越えて、子ども達は、ひと回り大きくなりました。
今回のテーマは、<夏の思い出―すいか>
和室いっぱいに広げた<すいか布>を、使って遊びます。
先ずは、<すいかドーム?造り>
みんなで布の端を持ち、「すいすいすいかー」の掛け声と共に、力いっぱい布を振り上げて、たっぷり空気をはらんだところで、素早く、中にもぐり込みます。緑と黒の縞のすいか布が、ふんわり、みんなを包みます。まるで、本物のすいかの中にいるようです。
あたりを見渡し、
「あたしたち、すいかのたねみたい」
「そうそう」
種になった子ども達は、ころころと転がり、ぶつかり、笑い合います。
「もう一回、作ろう」何十回と、すいかを作っては、種になります。
今度は<すいか鬼ごっこ>。布が上がっている間に、その下を素早く走り抜けるのです。
布を降ろすと、逃げそびれた子どもや大人が、あちこちに、大小のすいかのように転がっています。
これも、何回も繰り返して、もう汗びっしょりです。
ひと休みに、すいか布の上に、寝転ぶと、そこは静かな<すいか野原>
布を、端からひと振りする度に、波が起きます。四方から、波が行き交い<すいかの海>になりました。
波の揺れが、目に優しく、肌をくすぐります。
「このまま、子ども達包んじゃおうか」
「すいかに、しちゃおう」
悪戯を思いついた子どもの顔をした大人達。
丸くて大きな西瓜ができました。
一方、子ども達は、ぐるりと、すいか布に包まれて、みんなでくっついて、窮屈で、息苦しくて、暑いけど、嬉しそうに、すいかになっています。
「西瓜割りしよう!」
「いいよ」
「でもさ、ただ、割られるだけじゃつまらないよ。変身すいかとかになったらどう?・・・」
楽しそうな、相談の声が聞こえます。
1、2、3で割られたすいか(子ども)達は、思い思いの形で、静かに笑っていました。
初めは、何の格好か、わからなかったのですが、だんだんに見えてきました。
お地蔵様です。
手を組み、それらしく見える地蔵もいれば、ただ、座っているだけ、寝転んでいるだけに見えたりもしますが、お地蔵様なのです。すいか野原に遊ぶお地蔵様たち。あたたかく、神々しくさえ見えました。
思わずお地蔵様たちに、手を合わせ、お願いごとをしてみたくなりました。
おそる、おそる「みんなが、元気で暮らせますように」と言うと、すかさず、元気印のA君が、陽気に「オッケー」と、返してくれました。即興のやりとりです。このおもしろさが、伝染していきました。
「栗が食べたい」「ダイエットできますように」「元気な赤ちゃんが生まれますように」「1000万円がほしい」等、大人達の願いに、「オッケー」の声が重なって、どんどん大きくなってきました。
こだまのように、返ってくる「オッケー」の声たちを聞くと、本当に願いがかなったように、嬉しくなりました。相手がいてくれればこその喜びです。
反抗期の我が子に、手を焼いてるお母さんが「00が、素直な子になりますように」とお願いすると、本人が、神妙な顔で、真っ先に「はいっ」と答える姿に、お母さんは驚いていました。
ひとりひとりの願いを、よく聞いているお地蔵様たちです。
今度は、子ども達の願いを、大人が聞く番です。
1,2,3で、割られたすいか達を、取り囲み、大人が仏様のように佇みます。
「10円がほしい」「オッケー」
「大きくなりたい」「オッケー」
「はやく、おとなになりたい」には、しばし相談。「ゆっくり、おいで」
「お金持ちになりたい」にも、しばし相談。「金持ちと、結婚しなさい」
「100円ほしい」「オッケー」
「おかしをたべても、ふとらないように」「うーん、それは難しい」
最後のB君は「もっと、これ(すいか布)であそびたい」「オッケー」
「ちょっと、現実的すぎたかな」と気にした仏様もいましたが、子ども達の願いに、大人の経験を生かして、真剣に答えているのが、いいなと思いました。
ひとりひとりの、今が見える、思いもかけない<すいか割り>になりました。
ここには、ハンディのある子も、ない子もいます。
言葉の出る子も、出ない子もいます。
じっとしていられない子も、あまり動かない子もいます。
だから、みんなが、同じように、反応はしません。
でも、お互いの存在を認め合う中で、今回も、たった1枚のすいか布が、次々に姿を変えて、新しい遊びが生まれました遊び合う中で、豊かなコミュニケーションは、言葉だけではないことを実感しました。
頭だけで、理解しようとするのではなく、一緒にいることで、肌で、からだでわかることがたくさんあります。
こうした遊び合いの実践を丁寧に、積み重ねていくとこが、子ども・大人、ハンディの有無に関わらず、誰でもが、豊かに生きていける、生き合う力につながっていくのだと思います。
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