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夏休みに入る前後、長崎にて『ざんさんのおはなし劇場』を4公演やりました。これは、長崎の子ども芸術祭典として、毎年この時期に行われるもので、島嶼を含む様々な場所の子ども達・地域の方々に広く劇・音楽等の作品を観てもらおうというもので、地域で実行委員会を組織しての取り組みで、11回を数えます。
今回、私は、宇久島、佐世保大野地区、佐世保西地区、波佐見(学童保育3館合同)の4箇所を巡りました。それぞれの場所で私は、『ざんさんのおはなし劇場』を公演し、併せて、15人前後の子どもたちと2時間の劇つくりのワークショップを行い、出来たお芝居を発表しました。
そんな劇つくりワークショップでの思いをまとめました。
まず、宇久ではこんなお話が出来ました。
『ガンガゼ物語り〜島をきれいに〜』(宇久島地区)
ガンガゼ(この名前は参加した子どもが教えてくれました)というのは、ウニの仲間で黒くて毒のある長い棘を持った生き物だそうで、宇久にいるそうです。また、宇久には、ときどきいや頻繁にごみや流木が流れ着くのだそうです。そんなことから・・・
昔、3人の海賊がやってきて、カップラーメンの容器やビールのジョッキ、空いたペットボトルなどで海を汚しました。そこで、オオアジ、コアジ、タコにサメらが集まって、相談をし毒棘のあるガンガゼにたのみました。合点承知とガンガゼは棘で海賊達にガン風邪という風邪を移して、海賊を追いやりそれから、ガンガゼは、宇久の魚の守り神になったというはなし。
この劇つくりワークショップには大きく3つの出会いがあるような気がします。
(1)人に出会う。
まずは、私(ないしは私たち)と参加者(子どもたち・大人)の出会いがあります。好きな食べ物を聞いたり、鬼ごっこをしたりする中で、この人と芝居を作るんだという覚悟と安心感を持ってもらおうと自分ではしています。興味深く近寄ってくる子もいれば、黙々とゲームをしている子もいます。それは、行く場によっても様々です。この人たちの中に何がかくれているのだろう楽しみな瞬間です。彼らも私に出会っているのです。
(2)まち(物語・歴史)に出会う。
劇つくりは、参加者(大人・子ども)から出てきた言葉・アイデアからお話を紡いでいきます。
「宇久の海はきれいなんだ!」「でも、時々変なものが流れてくるよ」「どんな物が流れつて来るの?」「カップラーメン」「ペットボトル」「流木」、しかもどうやらそれは日本のものではないようです。それを小学校でいっせいにゴミ拾いをしたそうです。まさに、実感から出てきた言葉です。そこから物語が出来ます。
ガンガゼの毒にあたると癌か風邪になるということばあそびのような提案が男の子から出されました。そこにみんなが共鳴した瞬間がありました。自分たちの身近なものをつなげていく作業に共感が生まれた瞬間でした。(結局毒にあたるとガン風邪という不思議な症状の風邪になるという事に落ち着いたのですが)
そうやって、自分たちの身近にあるものをつないだり、変化させたりする作業にいっぱい発見がありました。それは、自分たちのまちにあるもの土地にあるものをとらえなおす作業なのかもしれません。
(3)表現することに出会う。
また、エイ、オオアジ、コアジ、タコ、サメ。物語から逸脱していなければ、めいめいにやりたい役につきます。エイの子は、登場と同時に気持ちよさそうに「宇久の海はきれいだなあ」と一声言いました。サメ役の女の子は、ビールのジョッキが流れてきたのを見て「食ってやる」と歯を立ててから、「海を汚すやつは許さない」と小さい声ながら怒りをあらわにしました。たこ役の女の子はゆったりと海をたゆたっていきます。自分で選んだ役だからこそのそれぞれの表現があります。見ている人は、そこにその子・人らしさを感じ拍手やら笑いやらで呼応します。
新しいものを表現する。いつもやっていることではないことをする。それだけに、伝わるかの不安、受け容れられるかの不安がある。でも、それは、自分の考えたことであり、思ったセリフである。借り物でないだけに、受け容れられた時の、感動は大きいです。いや、自分の思ったことをまっすぐに出すからこそ表現に力が出て、人が受けてくれるのです。
劇つくりに参加した、長崎県子ども舞台芸術祭典スタッフ中村結花さんの感想です。
4日間の(島を含む)「ざんさんのおはなし劇場」に同行し、劇づくりにも一緒に参加させていただきました。
今、思い返してまず目に浮かぶのは、子どもたちの「目」です。
たいがい、子どもたちは「今日は何をさせられるのかな〜」と集まってくるのですが、ざんさんとお話を考え、自分たちのアイディアでどんどん新しいお話が膨らんで出来
上がってくるとともに、子どもたちの気持ちもだんだんだんだんその気になってきて、どんどんどんどん、提案が出てきます。
私たちは、その提案やつぶやきをのがさないよう、できるだけ、みんなの声を聴いて受けとめる必死の作業を積み重ねます。
私も、安心して「伝えてくれる」相手になれることを願い、「言っていいよ」「「聴くよ」「受けとめるよ」という眼差しをなげかけます。
その時の、子どもたちの「目」。
「こうなんだ」「こうじゃないかな」「こうしたい」と、まっすぐに伝えてくるあの「目」。
「忍者」など、あそび合いの活動の時も同じですが、あの「目」がとても好きです。
おおげさですが、「信じ合える」ということを信じることができる瞬間です。
そんな眼差しを投げかけあって、本気になって、面白さに向かって、本番前のたった2時間、できあがっったその日限りの、劇。
戸惑いながらも、誇らしく表現する子どもたち。
その過程に立ちあい、関われた、かけがえのない時間でした。
よく、お芝居を作っていると「そんなことありえないよ」「その時代にそんなものなかったよ」「うっそー!!」と言う言葉に出会います。それは飛躍であるけれどもあったらいいなあという願いでもあり、想像したからこそのものでもあります。宇久の子たちは、ガンガゼを魚の、宇久の海を守る守り神にしました。実際はガンガゼだけではきれいな海を守り続けることは厳しいこれは分かっています。でもそこに願いと思いをのせることはできるし、ガンガゼがとても身近なものとして迫ってきました。と同時に、宇久が地域がより身近になったと思います。
劇つくりは、出会うことなんだと感じた、4公演でした。
ちなみに・・・
<それぞれの場所で生まれたお話です>
『カッパのおわびの左石』(佐世保大野地区)
会場の近くに、「左石(ひだりいし)」という駅がありました。なぜ左石なのか?そして相浦川に住むカッパの話を合わせました。
いたずら好きのカッパは、街道を通って佐世保から平戸へ向かう人をだまして、違う道を教えました。家に戻ってしまったり、海へ落ちてしまった人々は、何とかカッパを懲らしめようと談合しました。そして、八百屋へ行ってキュウリと大きなバナナを買いました。キュウリをかえるの背中にくっつけて、カッパをおびき寄せ、バナナの皮で滑らせました、そこをサワガニと高級なカニが捕まえたので、床屋さんにたのんでドライヤーでカッパの頭を乾かしました。たまげたカッパは、お詫びに海から大きな石を運んできて、目印に道の端に置きました。それを、名付けて「左石」としたそうです。
『九十九島物語〜ライオンが横になった島〜』(佐世保西地区)
佐世保に浮かぶ有名な九十九島、それぞれに色んないわれがあるのですが、中でも、ライオンが横になったような島(岩)があると、子ども達が教えてくれました。それと、竜岩の伝説を絡めたおはなし。
その昔、フランシスコ・ザビエルは、日本にキリスト教を広めようと佐世保に行こうとしました。しかし、ザビエルは泳げません。そこへ泳ぐことの得意なライオンがやってきたので、背中に乗って、波に揺られて、日本へ向かうことにしました。途中サメに襲われました。必死に逃げる途中に自分も泳げることに気付きました。さて、島で休むことにしました。するとライオンが、「ふとんがふっとんだ」とかオヤジギャグを言ったり、おならをしたりするので、ザビエルはライオンを佐世保に置き去りにしました。
いっぽう佐世保では、竜が暴れて村の娘を食べていました。弓矢の名人が竜を撃とうとしています。ふとしたことがきっかけでライオンと竜がけんかをしました。これをチャンスと竜を矢で射抜きました。竜は大空に伸び上がったまま石になりました。けんか相手を失ったライオンは、おいおい泣きました。その涙は次々に島になっていきました。そして、ライオンも泣き疲れて島になりました。これが、ライオンが横になったような島のお話です。
『大蛇がからすヘビになったわけ』(波佐見地区)
波佐見には、からすヘビという、黒くて木から木へ、飛び移ることの得意なヘビがいるそうです。さて、それと、昔、波佐見に大蛇がいたという話がくっつきました。
その昔、まだここが村といわれていた頃に恐ろしい大蛇がいました。この大蛇はあろうことか丸いものが大好きでした。村の梨・さくらんぼ・アルマジロとありとあらゆる丸いものが食べられてしまいました。困った村人は弓矢の名人にたのみました。弓矢の名人は、村人に丸い大きな卵(ニセモノ)を作るように命じました。そして傍に穴掘りの名人が大きな穴を掘りました。大蛇はわなに引っかかり、穴に落ちました。その表紙に30匹のへび、からすへびになりました。
さて、いっぽうお米の取れる波佐見には酒造りの名人がいました。しかしお米を30匹のねずみに食べられてしまうので困っていました。それを見つけたカラスヘビは、今度こそ人のためになろうとねずみを追い払いました。こうして美味しい酒ができました。酒造りの名人は、からすヘビとねずみにあやかって、30匹と30匹の合わせて60匹を酒の名前にと「六十余州」というお酒を作りました。
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