NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2007年9月28日(金)

第134号『集会準備は大変だけどやめられない』(須貝京子)

9月15〜17日の研究集会の熱気もようやく治まってきたようです。日常生活に戻り、あの熱気が、参加者ひとりひとりを通して、様々な形に姿を変え<ちから>になっていくといいなと思っています。


バーバン専任スタッフでの仕事分担は、自薦他薦もありますが、基本的には自主申告です。分科会の私の担当は「幼児ワークたくさんやっているんだから<乳幼児親子との表現活動>ね」と、決まっていきました。確かに数は多いけど、それだけで担えるきれるものではありません。責任の重さを感じつつも、忙しさの中で、そのうち、そのうちと先延ばしになり、具体的な動きは、8月の夏休みに入ってからでした。


全体テーマ<共感(人に・時代の思い馳せる)から響感(響きあう関わり)に!>に沿って、<わからない>をキーワードにどう分科会を組み立てていくのかを考える作業は、始めのうちは苦痛でした。<やりたい><やってみたい>という前向きな心の動きよりも<やらねばならない><何とかしなくちゃ!>のプレッシャーばかりが大きくなっていくからです。そんな時には、とりあえず<動いてみる>のが一番です。

だからといって、ただ闇雲に動くのではありません。乳幼児の動きを追体験してみるのです。動機は、5年前の入院経験です。秋になり、膝の痛み、どうしようもない疲労感が、半月版損傷の手術、ばい菌が入り込んでの緊急手術と、なんで?どうして?と、突然の出来事に、ただただ驚き、涙する日々。後半の入院は、12月から2月の63日間。手術明けの10日間はベットから起き上がることもできず仰向けのままです。それから上半が起こせる→車椅子に乗れる、動ける→松葉杖で立つ、歩けるという体験をする中で感じた視線がもたらす<こころのありよう>の変化でした。仰向けの時は、周りの人を見上げるばかりで、<庇護されるー庇護する>の関係が暗黙の内に生まれてきます。相手との視線の距離が縮まるにつれて、対等な気持ちになれました。

松葉杖なしで立てた時の晴れ晴れとした気持ち。自分の力だけで立っている昂揚感と、転んでしまうのではという不安感。両手が自由に使える嬉しさ。そして一歩、踏み出してみる勇気。そして、おそるおそる歩いてみるのです。必死です。

その時、赤ちゃんや幼児は、こんな気持ちでいたのかなと思いました。この気持ちを、いつか大人たちと追体験してみたいとずっと思っていました。これをやってみよう!そして、その体験は、さらっとではなく、じっくり味わってみようと。今年の宿泊型表現あそび<わく・どき・ぐう>で、その空間にどっぷり身をおくことで、見えないものが見えてくる、聞こえないものが聞こえてくる面白さを実感したからです。

担当のキョンちゃんとふたりで、床に<仰向け→寝返り→腹這い→はいはい→たかばい→つかまり立ち→立つ>の一連の動きをしてみるとたくさんの発見がありました。その度に嬉しくなりました。二人だけで楽しむのはもったいない!と思いました。集会でいろんな人と体験したいなと思いました。まずは、対象である<乳幼児のこころとからだ>を知る<わかる>ことから始めてみよう。方向性が見えてきました。


次に、乳幼児は<わからない>から、無視、適当、否定、押し付け等、<わからない>故の問題にどう向かうか?です。

そもそも<わからない>とはどういうこと?<わからない>時、人はどんな気持ちになるの!逆に<わかった>時は?それを、集会でのあそびのなかで体験してみたい!それには、第2回の集会の分科会<ハンディのある子ども達にとっての表現あそびとは?>に参加してもらってから、毎年1年に1回、一緒に遊び続けているサークルの青年達と今年の夏に遊んだ<タイムトラベラーごっこ>が参考になりました。

彼等は、障碍の程度も多岐にわたっているため、みんなが同じように遊びの内容を<わかる>ことはできません。私たちも、彼等の障碍については<わからない>ことがあります。いろいろ考えるとお互いに<わからない>ことだらけかもしれません。でも、誰も行ったことがない未知の場所(その時は、宇宙・ジャングル・無人島・北極)にタイムトラベル号に乗って出かけた時に、現実に旅をした様な充実感があったのです。

お互いに<わかろう>とするパワーが全開だったのだと思います。

大人だけの分科会でやったらどうなるんだろう?!面白いか、つまらないかのどちらかになる可能性があるしと、心配な気持ちもありましたが、<研究集会>ですから、マイナス面も含めて、参加者のみなさんと一緒に同じ空気を吸ってみよう!吸ってみたい!と、気持ちがすわりました。


そして迎えた分科会での2日間は、とても充実したものでした。


◆乳幼児の発達に沿って、身体の不自由さや要求の出せないイライラなどを体験しました。保育所にいる私には頭ではバッチリわかっていることなので「なんだ、そんなこと?」と思っていましたが、子どもの目線になって初めてわかることがいっぱいでした。大人のように自由でないことがいっぱいで、そして、全身を使って一生懸命アピールしている子どもたちが愛しくみえ、大人がきちんと寄り添い、その想いを汲みとってあげることが関係づくりの一歩だなと強く思いました。大人の勝手な決めつけで、子どもの想いを無視してはいけないな。それは<関係>ではないと思いました。 

イメージあそびを通じると、子どもとのやりとりはわりとスムーズに楽しくできるのは、必死に私が子どもたちの心を探ろうとし、あそびを通して、この時間を楽しみたい!と強く思っているから。普段の日常でも、この気持ちを忘れず!子どもたちと過ごしていきたいと思います。


◆<わからない>けど、

・楽しかった。みんなで集まれば何とかなる。

・相手がいることで、一段飛びの先に進める。もっと広がる。

・わからない=不安ばかりじゃない。

・わからないを分かち合う時間で安心した。

・わかろうとする心構え、気迫。


◆<わからない>からこそ 

・ちょつとした気持ちの通じ合いが嬉しい。

・共感し合おうという気持ちになる。


進行役の自分自身も、どうなるか<わからない>不安、心配からスタートしましたが、一緒に担当するきょんちゃんとその不安、心配を共有し、一緒に動いてみることで、こころが動き始めました。何とかなりそうな予感です。そして、参加者のみなさんと実際に遊び、話し合うなかで、<わからないことも、わかっていることもある。→仲間がいる。安心感がある。→これがあるからわからないに向かえる>というまとめが、できたことが何よりでした。

<共感から響感>への道のりは、たやすいものではありません。

でも、そこに向かっての手がかりを、しっかりと手にした集会でした。

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