NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2008年4月25日(木)

第144号『あそびの中で、あふれる思い』(平川恭子)

このページでは、「はじめまして」 になります。
前回の北崎同様、この四月より正式に専任スタッフになりました平川恭子です。

文章を書くということ、パソコンに向かうということ、どちらも苦手分野でありますが、他のお仕事と同様にまっすぐ向き合っていきたいと思っております。
そして、やはり他の仕事と同様に、今、とても緊張しながらパソコンに向かっている次第です。

他のお仕事と違うのは、目の前に人がいないということですね・・・。
目の前の、笑顔やうなずきや暖かいまなざしに、支えられ、励まされていたことを、ただいま痛感しております。
お恥ずかしいほど未熟者ではありますが、目の前の一つ一つを大切に、成長して参りたいと思っております。何卒、宜しくお願い致します。


この四月、まったく違った二つの場所で、《王様ジャンケン》という遊びをしました。

王様ジャンケンとは・・・、
ふたつのチームに別れ、互いに一人王様を決める。でも相手チームの王様は誰か分からない。互いのチームをめがけジャンケンする。負けた人は座って動けない。ただし仲間の王様にタッチされれば再び動き出すことができる。どちらかの王様がジャンケンに負けてしまったら、終了となる。

四月半ばの日曜日、少し肌寒い東京。小平市にあるデイサービスセンターを兼ね備えた高齢者住居施設に行ってきました。
そこで毎月一回、幼児・小学生・中学生・大人が集まる遊びの会が開かれています。この四月で三年目に入った、継続の活動です。私は、久しぶりに訪れました。

さて、そこでははじめは狭い部屋の中から《王様ジャンケン》がはじまりました。二回戦目からは外へ、広い芝生の中庭ですることになりました。

私のチームは、年齢幅のある女子中心で構成されていました。
まずはじめに王様になった母、だれよりも緊張し、ずっと足にしがみついて自分から離れないわが子(三歳くらいだったかな…)に向かって、「いい。お母さんのところに人がきたら、お母さんがタッチされる前にジャンケンするのよ。わかった。お母さんを守るのよ。」と必死に言い聞かせていました。とにかく必死・・・。「あ〜、本当にドキドキする・・・」とまだスタートしていないのに、後ずさりしていました。

次に王様になった女の子は、ずっと階段の下に隠れていることにしました。すると一人の中学生が「私、守る。見つかってしまった時のために、一緒に隠れる。」固い決意です。ジャンケン部隊としては、中学生は強い戦力なのですが、彼女の固い決意に、みんなが「うん。」と大きくうなずきました。

「私にまかせて!」「まかせたよ!」 互いの思いが受け渡される瞬間は、なんとも気持ちがよいものでした。

相手チームは小学校三年生を中心に、男の子がたくさんいました。
まあ、走ること、走ること・・・。いっこうにジャンケンをさせてくれません。こちらは、彼が王様だと思いとにかく追い続けました。ところが終わってみると、王様は彼ではないのです。ではいったい誰が・・・?すると女の子がにっこりと「わたし。」と手を揚げるではないですか?私たちのチームはいっせいに「え〜!!」と驚きの声をあげました。「どこにいたっけ?」「ジャンケンしなかったっけ?」そんな言葉が次々に飛び出します。聞いてみると、知らん顔して、ずっと歩いていたというのです。そっと仲間を助けながら・・・。そのことにまったく気づかなかった私たちのチームからは、悔しかった思いを超えて、「すごいねぇ〜」という思いがあふれ出しました。


所は変わって、四月の半ば平日の午後、香川県の高松市におりました。

お寺のご住職さんが集まっての研修です。20代から60代くらいの男性が約20人、内2人が女性でした。はじめにお顔を合わせたときは、「何をさせられるんだろう?」といった硬い面持ちで座布団の上に座るご住職の方々でした。四時間ある研修時間の最後に《王様ジャンケン》をして遊びました。お寺の境内の前で・・・。

ここでの王様ジャンケンは、王様の人が石を握ることにしました。
ジャンケンに負けたら手を開かなくてはいけません。
さすが大人・・・。ぎゅっと握らず、手を開いているように見せながら石を持つにはどうしたらいいか、なんて考えていたりしました。
結局は、みんなが手を握り石を持っているように見せるという作戦になりましたが・・・。

一戦目の作戦会議。初めての作戦会議です。
大人だけで外に出て、遊んでいるのが楽しくなったのか、この光景に面白くなってしまったのか、なんだか気恥ずかしいのか、中学生のようにじゃれ合い笑い転げる三人組。
かと思えば、自分にはできるかなぁ〜、言われたようにやればいい・・・、といった様子で、静かに一歩引いて立っていらっしゃるご年配の方。

その脇で真剣に作戦を考える人がちらほら・・・。
なんとなくばらばら。でもなんとなく意識は向いている。そんな作戦会議の時間でした。
とりあえずやってみよう!!そうして臨んだ一戦目、なんと勝ってしまったのです。
勝った方は飛び跳ねて喜び、負けたほうは、唇をかんで悔しがりました。

(ヴゥ〜ン!)このとき、私はエンジンのかかる音が聞こえた気がしました。

二戦目の作戦会議、どちらも目の色が違います。
相手チームの輪はぎゅっと固まっているようにみえました。
私たちのチームも先ほどまで飛び跳ねていた三人組の体が内側に向いています。
「なぁ、どうする?」はっきりと意識がこちらに向いているのがわかります。

そして、一歩引いて見守っていたご住職も、「私がまた石を持っているかのように(一戦目に王様でした)、先ほどのようにフラフラと歩いていますね。」おしゃられるではないですか。

次々に飛び出す作戦。「俺、走り回るから」「誰が王様か狙いをつけて攻めにいくよ」「おい、このままじゃ、王様を守る奴がいないぞ」それぞれの思いがボンボン輪の真ん中に集まってきました。

そうして向かえた二戦目。なんとまた勝ってしまったのです。

印象的だったのは相手チームの王様です。
『肩を落とす』という言葉がありますが、まさしくその通りに、肩を(ガクッ)と落とし、「すっげー、くやしい。ほんとにくやしい・・・。」と繰り返し言っていました。
そして、もう一度やりたい ということになったのです。

最後の作戦会議、私たちはしっかり相手チームの様子を見ながら作戦をたてていました。
王様を決め、石を受け渡す瞬間、王様でない人がすっと手を前に出し、二人の手に近づけたのです。すると次々に手が伸びてきて、気がつけば全員の手が輪の中心に集まっていました。
言葉はありません。さも自分が石を受け取るかのような表情をする人もいます。
見えないみんなの思いがしっかり受け渡されているのがわかります。
「息を合わせて」なんて誰も言っていないのに、この瞬間、確かに息が合っているのです。
そして、自分たちの集まった思いは、相手チームを意識し、相手チームに向かって表現されているのです。

結局私たちは三回戦もやってしまいました。
「あ〜、つかれたぁ〜」「あ〜、くやしいー」「はぁ、たのしかったぁ〜」終わった直後に聞こえた声です。
そうそう、遊ぶって、知らない間に体も気持ちも動いていて、気づいたときには本当に疲れているんですよね。
そうそう、遊びの中だと、思い切り「くやしい〜」って言えちゃうんですよね。
そうそう、「楽しかった〜」って思うから、また遊びたいって思うのですよね。


必死に子どもに助けを求める母、子どもたちの固い決意、相手の意識を考えての作戦、素直に「すごいねぇ〜」と言える瞬間、どうしていいかわからなかったり、「なぁ、どうする?」と思わず真剣になったり、肩を落とすほどがっかりしたり、気がつけばもう一度やりたいと思っていたり、言葉はないけれどみんなで一緒に息をしている瞬間を感じたり・・・。

私は遊びの中で、たくさんのあふれる思いに出会いました。
字面だけ見るとずいぶん硬い感じがしますが、どれも瞬間的なことです。あっという間に過ぎていきます。
でも、遊びという限られた時間のなかだからこそ、思わず瞬間的に、思いきり出すことができるのではないかと思うのです。

子どもたちと、もちろん大人の方とも、一緒にたくさんの思いを受け渡しあいたい、と私は思います。
一方的でなく、相手が出すだけでもなく、『受けて』もらえた実感と『渡った』という実感を、たくさん遊びの中で感じてほしい。遊びの中にはそのことを積み重ねていける力があると思うのです。

その積み重ねこそが、自分のことも、他者のことも、信じる力になっていくのだと、私は思います。

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