NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2008年6月20日(金)

第148号『老いに寄り添って』(須貝京子)

先日も80代の認知症の母親が、55才の実の娘さんに殺められる悲しい事件がありました。お母さんは徘徊もひどく、一人で介護していた娘さんは、かなり追い詰められていた結果のようです。こうした事件は後を絶ちません。他人事ではありません。

バーバンナウは仕事を中心に報告するコーナーです。そこに私事を書くのは、気がひけるのですが、今回はこうした事実を共有する場とさせていただきたいと思います。


私も4年半前、父(現在86才)が認知症と診断された時には「参った!」と思いました。病に襲われた父のことより、自分の今後を案じたのです。そんな自分に愕然としました。親が丈夫でいる時は、長生きしてくれて嬉しいと言っていたのに、認知症と分かった途端「困った!お先真っ暗」と落ち込んだのです。

でも悩んでばかりはいられません。主治医と身近にいた介護施設職員の助言に従って、薬の服用とデイサービス通いが始まりました。

そこから父は新たな人生を歩み始めたのです。仕事一筋だったので、老後は趣味もなく、無口でひとり静かにテレビをみるのが唯一の楽しみだった父は、デイサービスに通い、たくさんの職員や利用者の方に声をかけていただくことで、<人と関わることは楽しい、面白い>ことに目覚めていきました。認知症の特徴に人格の変化がありますが、父は陽気で明るく、社交的になりました。いつもニコニコです。「須貝さんがきて、ここ(デイサービス)が明るくなった」「いろいろお手伝いいただいて助かります」これらの言葉が父の生きていく張り合いになっていきました。自分が必要とされている。待ってくれている人がいる。この実感が生きる力になることは、子どもでも大人でも、病、障碍の有無をも超えた事実だと思います。

幸いにも施設、家族、ケアマネージャーさんとの協力体制に恵まれ、月1回の3泊4日のショートステイを利用しながら、この3月までデイでも普通クラスで過ごしてきました。

忘れてしまうこと、できなくなっていくことを咎めない。本人も介護者もそんなことは笑い飛ばしていこう!とは言うものの、上手くいくことばかりではありません。日々介護する母(84才)は自分の老いもあり、イライラが募ります。先のような事件を起こしかねない時期もありました。それでも何とかなってきたのは、父のユーモアでした。(厳密には、この1年は幸福感のみで満たされる多幸症という診断)

・うっかりは誰でもできるけど、しっかりは誰でもできない

・調子はいかが?の問いに「はい、いいです。千葉の生まれですから」(調子と銚子をかける)

・なにかで遅くなると「遅かりし由良之助」(忠臣蔵の名セリフ)

・すぐ忘れてしまうので過去にはこだわらないでいきましょうと言うと「そうね、未来でえー」(片手をあげ、歌舞伎「俊寛」のラストシーン)

認知症にならなければそんな父とも出会えなかったと思います。

認知症=悲劇ではない!それを伝えたくて、4月27日に「いずみこんこんワーク」ファミリー版を企画しました。当日は父、母、姉、私の従妹とその子ども、デイの職員、ケアマネージャー、バーバンスタッフと11才から86才まで総勢20人。ひとりひとりがその人らしく表現していい。その人らしく生きていていいことを実感した1時間半でした。血縁だけでなく<結縁>で繋がっている豊かさを実感しました。


そんな父でしたが、5月半ば、お風呂場で一過性脳虚血症(脳梗塞の一種)の発作を起こし、救急車で運ばれてから、急に体調を崩し、足腰が立たなくなり、食べ物、飲み物をいっさい拒否!生命に関わる危機に見舞われました。片目が開けられず寝ているので声をかけると「大丈夫、丹下左膳!」こんな時でもお茶目です。

5月24日、最後をどう看取るかの診断を受けた帰りの車中はぐったりして横になっていましたが、人形町を通ると、急に「玉ひで、魚久、ちとせ屋」と店の名前を言い出しました。何やら顔つきが変わりました。人形町は元気な頃からよく姉と遊びに来ていた町だったのです。起きたいと座席にかけてあたりを見回します。そして外に出たいと言い出しました。外に出ても正確に店を指差し、ショウインドウ越しによろけながら店員さんに手を振ります。

<まち>が瀕死の人間の意識を蘇えさせる事実に驚きました。

その晩から入院し最後の集中点滴治療が始まりました。

歌が好きだったので耳元で歌うと点滴の開いた方の手を胸に当てリズムをとり、歌いだしました。会話のやりとりはできなくなっても、声は合わせられる。歌いながら互いの声を聞き合える<歌>の力に感動しました。看護婦さんには必ず手を振り、「ありがとう」「可愛いねえ」。一時は絶望的だったのですが、奇跡的に回復し、今のところは姉の家で夜になると元気に過ごしています。この状態が続いてくれることを願いますが、生命には限りがあります。1日1日が無事に過ごせれば有難いです。


慌しい一ヶ月半でした。人生いろいろです。これが正解などはありません。

生きてきたように老いていくんだと思います。

<まち>が、<歌>が、<人と関わること>が父を元気にしてきました。

それは私の日々でもあります。嬉しいことです。


昨日を悔いず、明日を恐れず、今日を楽しむ。

何となく今日が楽しみ。

尊敬する櫛田ふきさんの言葉。

この言葉を胸に気負わず、誠実に生きて生きたいと思います。

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