NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2008年8月15日(金)

第151号『わく・どき・ぐぅ2008・ Mr.NO と対峙する者たち、その名はMr.OK!』(北崎圭太)

アフタフ・バーバンの主催する宿泊企画、「わく・どき・ぐぅ」も今年の夏休みで3年目を迎え、たくさんの子どもたちと共に、無事に終えることができました。

長い時間の子どもとの関わりを望んで企画した二年前、内容の大きな柱として「お話づくり」というテーマを盛り込み、より深く子どもたちの表現と向き合うことができた昨年。
そして臨んだ3年目の今年は「探究心」というテーマを掲げ、子どもたちと共に、わくどきぐぅ探偵社の一員として、おもいっきり遊びました。


強く感じたことのメモ
(1)主に低学年の回 「遊びも、生活も、本当に真剣に、一生懸命生きている」

(2)主に高学年の回 「彼らを取り巻く禁止のまなざし、そこに共に向かえるワークショップ」


初日、BGMと共にかっこいい(?)探偵二人組が登場したオープニングの後、探偵としての基本的な力をつけるためオリンピックセンター内のそれぞれのエリアで、自分たちが「ここだぜ!」と思える場所を見つけ出し、別のチームと共有しました。
それらの場所は低学年・高学年と本当に様々で、「バッタをたくさん捕まえることができる場所」
「ギリギリ昇ることができる階段」
「声を出すと面白い場所」…
など、たくさんの「ここだぜ!」と思える場所を見つけ出しました。


夜のワークショップ。「子どもたちのやることなすこと全てにNoをつきつけ、禁止してしまうMr.NOという存在についての情報が入ります。
彼らはすでにこの街の近くにも現われつつあるとのこと…
そこで、もしもMr.NOと遭遇した時のための力をつけるために、スタッフの中から仮想のMr.NOを出し、彼らに気づかれないように宝を見つけ出すというトレーニングと、宝を狙う彼らが待つゲートを通るために見つけ出した宝をみんなの想像力で何かに見立て、創りかえるというトレーニングを行いました。深い森のような夜のオリンピックセンターの中でドキドキしながら宝を探し、そして宝を持ってゲートを通り過ぎる時には、ビニール傘が花火に変わったり、スリッパが野球のグローブになったり、数えきれないくらいの素敵なアイディアがたくさん出ました。

自分たちの「ここだぜ!」という場所を見つけ出し、見えない敵に向かって勇気を出して宝を探し出し、そして目の前の壁を想像力の力で乗り越える、そんな力をつけた彼らの前に、二日目の午前中、Mr.NOからの挑戦状が届きます。しかもMr.NOが現れた痕跡が、みんなの見つけた「ここだぜ!」の場所や、夜に宝を見つけ出した場所からたくさん発見されます。

挑戦状には「つかまえるな」「声をだすな」「のぼるな」など、子どもたちが前の日に見つけてきた「ここだぜ!」と思う場所の大切な要素への「No!」がたくさん書かれてありました。
子どもたちは再びそれらの場所に赴き、Mr.NOから禁止されたとしても、その場所に想像力を働かせ別の面白さを見つけ出してきました。

そしていよいよクライマックス。はるか遠くの塔の上に現れた黒づくめのMr.NOに向かい、それぞれが見つけ出した答えを表現し、「何かを禁止されても創りかえられる力・Yesの力」をぶつけました。
子どもたちから強いYes!の力をぶつけられたMr.NOはひとまずは退散するものの、子どもたちに捨てゼリフを残していきます。

「これから先も君たちの前にはたくさんのMr.NOが現れる。彼らに打ち勝つことはできるか?」と。


これが今回の「わく・どき・ぐぅ」のプログラムの大まかな流れです。この中で子どもたちは本当にたくさんのことを考え、声に出し、体で表現していました。
中でも「Mr.NO」という存在は、特に彼らの心をたくさん揺さぶりました。
今年のワークショップの中でアフタフ・バーバンが創り出してきたMr.NOというファンタジーの存在に思いを馳せる中で、低学年の子どもたちは「そんな禁止ばっかりさせるか!」と闘志を燃やす一方、高学年の子どもたちの数人の口から「(生活の中で)自分もMr.NOと会ったことがある」「自分の中にもMr.NOがいる」という予想外の声が出ました。
子どもたちの何らかの思いがあったとしても「No!だめ!」と理不尽に言われたことへの憤りや、誰かに対してNO!をつきつけた時のことを彼らは言葉にして伝え、それを周りの子どもたちが真剣に聞いていました。

子どもたちは二日間の中で、プログラム内の登場人物としてのMr.NOと対峙する力をつけて、打ち勝っただけでなく、生活の中で確かに存在するMr.NOたちとそのイメージをリンクさせ、それに打ち勝ったのだと思います。

ある低学年の子どもが、
「Mr.Noに立ち向かう僕たちは、きっとMr.OKなんだ!」と言いました。
本当にそうだなと思います。

これから先に出会うであろうたくさんの大人からの「NO!だめ!」を、「YES!でもやりたい!」に創り変え、そして「OK!だいじょうぶ!やれる!」と言って生きていく力を感じ、彼らがMr.OKという素敵な存在に見えてきました。
そして同時に、子どもと関わる大人として、自分の中のMr.NOに耳を澄ませ、Mr.OKはどれくらいいるだろうと、声をかけてみたくなりました。

そんなことを考えながら、わく・どき・ぐぅの後に訪れた島根県の雲南市。
法事の最中であったにも関わらず、ちゃんばらの会場として境内を使わせていただいたご住職さんの言葉が強く印象に残りました。

(お経を読んでいる時、子どもたちの声が迷惑ではなかったか?という質問に対して)
「子どもたちの声が大きいのなら、それに負けないくらいの大きい声でお経を読もうと思っていました」

子どもの声が騒音として訴訟になり、デシベル測定器で測られる、などということが起きている現代において、こんなMR.OKの存在があるのだなと本当に嬉しくなりました。
子どもたちが大きくなる中でMr.NOはたくさんいることは避けられません。
けれど同じ数のMr.OKがきっといることでしょう。

僕の、皆さんの心の中のMr.OKはお元気ですか?

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