NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2008年9月2日(火)

第152号『子どもの時間は終わらない』(平川恭子)

子どもの頃の夏休み、私はよくキャンプというものに行った。

小学校低学年の時は学童クラブのキャンプ。

四年生からはちょっと変わった塾に通っていて、自分たちで何もかも計画していくキャンプというのに行っていた。食器を洗うのはせせらぎで、トイレは自分たちで穴を掘り、自分たちで張ったテントの周りには溝を掘った。八ヶ岳でのキャンプだったと思う。

家族で出かけるといえば山登り。理由は両親が好きだったから。

でも私はもっと違うところに行ってみたいと思っていた。

みんなが行くようなアミューズメントパークのようなところになんとか連れて行ってもらったことはあるが、楽しかったというよりは怒られた記憶しかない。

こうして大人になった私は、なんと、山登りも、キャンプも、家族で出かけるのもあまり好きではなくなっていた。


今年の夏、私は三つの場所で、宿泊型のワークショップを行ってきた。

その中でも強烈だったのが、坂東こども劇場主催の『キャンプで忍者』。

強烈だったのは場所だった。そこは福島県伊達郡川俣町。山の奥。

劇場の方が個人的に山を切り開きキャンプができるようにしたところなのだ。

もちろんトイレは手堀の穴で作った開放的なトイレ。

子どもたちは、山の斜面にテントを張って三泊四日のキャンプ生活をしていた。

その中二日間を私たちは共に過ごす。


忍者修行@ 宝探し

忍者修行A 闇の修行・秘術の書を探し出せ!

忍者修行B 秘術の修行


私は三年生以上の男の子たちの道場主になった。

3コマ目でのこと。

秘術に書かれていた言葉は『土』。土といえば穴を掘る。どうせ掘るならトンネルにしたい。

そこで私たちは抜け道を作ることにした。

はじめは、こどもたちが地道に穴を掘り出す。木の枝で掘ろうとしている子もいた。

もちろんなかなか進まない。すると、はじめは「こんなの無理だよ」と言って見ていた一番大きな子が、スコップを持ち出した。みるみる穴が掘れていく。

が、しかし私たちが作りたいのは抜け道、つまり、L字型に穴を貫通させたいのだ。

なんとか時間内に達成したいと大人が知恵をしぼる。角度を見て、掘っていく方向をアドバイスする。

次第に大人はムキになりはじめ、「ちょっとかして!」とスコップを手に穴をほりはじめた。

ちょうど疲れ始めていた子どもたちは、その周りで大人たちを温かく見守る。

仕上げは小柄な子が穴の中に入り曲がっているところの部分を掘り出す。

穴を掘り始めてから約一時間後。

下のほうから大人のスコップが、上の方から子どものスコップが・・・、「コンコン!!」スコップのあたる音がした。

思わず、大人も子どもも飛び跳ねて、手と手をとって喜び合った。

ただ、穴を掘っただけ。ただそれだけなのに、飛び跳ねるほど嬉しい。

みんなで、こうしたいね と話したことが、思い描いた事が、ちょっと無理かもしれないと思ったりもしたのに、自分たちの力で本当になった。それは本当に嬉しい。


ワーク外の時間でもあそびは続いていた。生活を共にしているからこそ出会える瞬間。

夕食ができるのを待っている間のこと、女の子三人とミニ導入劇を作った。

それは、「分身の術がしたい」という一言からはじまった。

背の高い順に一列に並ぶ。「分身の術!」の掛け声で後ろの三人が体を横に出す。

すると、横で見ていた大人から「お〜!すご〜い!」と言われた。

照れながらも、嬉しい三人は、もっとやってみたくなった。

すると、はじめに見た導入でのバーバンスタッフの動きを思い出し、付け加えていった。


顔回し(エグザイル?)からはじまり、分身の術、そしてなんと名乗りまで・・・。

「イチゴつるつる」 「さくらんぼピチピチ」 「プリンぷるぷる」 

そして「カンフウ忍者参上!」でそれぞれの決めポーズ!

(なぜだかみんなの決めポーズがカンフウチックだったので、名前がカンフウ忍者になった。)


そのほかにも、男の子たちと聞く修行の真似事をしていたときのこと。

やはり、食事の前だったので、みんなで、料理部隊に向かって、食べたいものを口々に言っていた。

しかし、どれも山の中では食べられない物ばかりで、ちょっとみんなが肩を落としてしまった。

すると、一人の男の子が「♪も〜も〜もも〜も・・・♪」と、歌というか、ラップとでもいうのか、はたまた念仏とでもいった方がいいのか・・・、歌い(唱え)始めた。

それまで彼が食べたいと言っていたのはなんと【牛肉】。肩を落としていたみんなが大笑いした。

その後、みんなが自分の食べたいもの(言葉)に節をつけ、唱えていた。

最後の別れのときまで、牛肉の彼は顔を合わせればその歌を唱えてくれた。私たちの合言葉だ。


トイレが楽しくなる歌をご紹介したい。

開放的なトイレに私が向かおうとすると、私より背の高い六年生の女の子がくっついてくる。

一応、目隠し的に、ドアとサイドの壁は用意されているトイレなのだが、回り込まれたら丸見え状態。

ん〜。そこで、ドアの前で楽しくなる歌を歌って下さい。とリクエストした。

すると少し間をおいてドア越しに聞こえてきたのは、低い声で・・・

「♪楽しいな 楽しいな お化けにゃ学校も〜 試験も何にもない♪〜」

おわかりでしょうか?そう、ゲゲゲの鬼太郎のテーマソング。

あまりの意外さに大爆笑。トイレの中であんなに笑ったのは生まれてはじめてのことだった。

本人自身も自分から出た歌に驚きだったようで、しばらく、肩を小刻みにふるわせながら笑い続けていた。

大人になってからは、キャンプも山登りもごめんだと思っていた。

嫌々連れて行かれた記憶。めんどくさくて、疲れると思っていた。

でも、楽しい記憶が蘇ってきた。マイナスの思い出がプラスに変わっていく。

福島の山の中で過ごした丸二日間。そうだそうだ、楽しかったんだ、と次々に思い出される。

そして、そのときの大人の顔が思い出される。そういえば、みんなばか笑いしていたな・・・。


八ヶ岳のキャンプではせせらぎで食器を洗いながら、わざわざ水に入って、自分の体までびしょぬれにしていたことを思い出す。食器が流れて行っちゃって慌てて追いかけた。「わ〜たいへんだ〜!」って言いながら大笑いしていた。

木登りが大好きで、木の上でご飯を食べた。こぼしちゃったときは、木の上で泣いていた。


家族で行った山登りでは、自分の背より長い枝を杖にして、わざわざ疲れるような登り方をしていた。

いい加減邪魔になってきたりするのだけど、どうしても山を降りるまで手放すことができなかった。

すれ違う人に挨拶するのが嬉しくて、家族の誰よりも先頭を歩き自分が最初に挨拶をするんだと決めて登っていたりもしたなぁ。


そういえば、小学校一年生のときのキャンプで、父と同じTシャツを着ていったことがあった。

そのことが何だかとても嬉しくて、ずっと父のまわりを飛び跳ねていたのを思い出す。


「お父さんとそっくりね」って言われることが嬉しかった最後の記憶。


記憶というものはとてもあやふやだけれども、子どもの頃に感じた気持ちが、今の私の支えになっているのだということを今回私は改めて感じた。というよりは、気づくことができた。

福島での忍者キャンプは、子どもたちの中にどのように残っていくのだろうか。

私の中には、子どもの頃の自分と共に、強烈に刻みこまれた。

東京に帰るまでの車の中で、なぜだかとても淋しい気持ちになった。

昨夜、福田首相が辞意を表明した。

大変だろうとは思いますが、こんなに簡単に物事やめてしまったりしてよいのだろうかと、単純に思う。

「どうにかしよう!」とか「こうしていきたいんだ!」ということが全く感じられない。


そんな大人の姿を子どもたちに見せていいのだろうか。

こんな大人の姿を見て、子どもたちはどのように思うのだろう。

大人になることを楽しみに思えるのだろうか・・・。


『あきらめないで』 『未来に希望を』 『みんながいきてほしい』

伝えたいメッセージがポ〜ンと跳ね返されてしまうような気がする。


子どもたちには、こんな大人になりたい!と思えるような大人に出会ってほしいと思う。


子どもたちと一緒に「楽しいねぇ〜!」と共に笑い合える大人でありたいと私は思う。

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