NPO法人 あそび環境Museum アフタフ・バーバン
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2008年9月30日(火)

第153号『まちの“宝”をお芝居にしよう!
…宝ってなんだろう。…宝を見つける力って、どこにあるんだろう?
――葛飾での実践《白鳥地区/新宿地区》――』(金子ざん)

この6月と9月は葛飾の子供たちとお芝居作りに取り組みました。主催は、かつしか子ども劇場と葛飾区教育委員会生涯学習課、児童館の3者が協力しての取組みでした。そこに、私たちが講師として呼ばれたわけです。それぞれ2地域、1セット4回として、行った。その内容は、

〈1回目〉ざんさんのおはなし劇場
〈2回目〉出会いのワークショップ
〈3回目〉取材とおはなし創作
〈4回目〉おはなしをお芝居にして発表する

と言う構成だった。つまり1回目はこういう人が来るよと言う宣伝をかねたものだから、実質は3回のワークショップ(1回が約2時間半)でした。

集まった子ども参加者は、1年生から5年生まで、男女とりまぜて15人、10人。場所は、京成お花茶屋駅周辺の白鳥地区と、亀有、金町、高砂にはさまれたかつての宿場町新宿(にいじゅく)の2地区でした。
それぞれになかみの濃いワークショップおよび発表となったが、ここでは新宿での取組みをお話します。

私たちは、お話作りをするときに、下見をします。どんな場所で、何があって、どんなお店があって、どんな人たちがいて、どんな景色があって、どんなおはなしや伝説があって、どんな歴史が刻まれてきたのかを許される範囲の中で調べます。
その時にこの新宿から、どんなおはなしが出来るのか、その手がかりが少なく、断片的だったので、ここからどうそれを宝とし、お話につなげ紡いでいくのかが、6月の白鳥地区に比べて、少なかったのです。
そして、ここで集まってくる子たちも、劇など本格的には作ったことのない子たちなわけです。
いったいここから子どもたちは、何を宝として見つけるのだろうか?と言う不安が大人スタッフにはありました。
しかし、それはまちに取材に出てすぐに崩れたのです。

2つのチームに分かれて、まち探検に出かけました。

◇電車の線路の下に穴を見つけました。⇒「たぬきの住み家かもね」⇒「そういえば昔、新宿にはたぬきがすんでたって言うよ」⇒「じゃあ、道路や線路が出来たんで、住む場所がなくなって、ここに住み家をつくったんだ」・・・確かに、ここ新宿は昔の面影少なく、水戸街道、環状七号線をはじめとして、地面を覆うように道路が出来ていました。

◇「ちょっと線路のうえをあるいて、近道しようか?」(大人の発言)⇒「そこは渡っちゃいけないんだよ」⇒「平気平気」(と再び大人)⇒(しばらく歩くと)⇒「ほら、ここが八大竜神のお墓だよ」(大人)といったとたんに雨。雨。雨。⇒「うわあ。」「雨宿り、雨宿り」「もしかして、八大竜神が起こって雨を降らせたのかもしれないね」と子ども、「確かに(ショボン)」と大人。・・・ここから、『八大龍神のなみだ』というおはなしが広がっいきます。

いっぽう、けなし池(怪無池)と言う、不思議な名前の池を見に行ったチームは、

◇「あれ、電信柱のうえのすずめがいるよ」「上を見ているとぶつかるよ」「ゴチン(と電信柱に)・・・いてぇ!!」「ほら、ぶつかった」・・・そしてけなし池に到着、「あれ?さっきの痛いのが治ったぞ」「あ、怪我を治す池でけなし池だ」「本当に怪我が治ったぞ」「怪我無し池…ケガなし池…けなし池だ!!」

◇「こんなところに、ものさしが突っ込んであるよ」「池の中にどうして突っ込んであるんだろう」「大きなものさしだね」…「龍の涙の量をはかるものさしかもしれないよ」…「そうだよ」

そこから子どもたちは、龍が昔から新宿に住んでいて、新宿を守っていて、嬉しい事があると喜び、困っている人がいると涙を流して、その人を助け、何か嫌な事があって起こると涙をたくさん出して、洪水にしたり、逆に日照りにしたり、人々の行いや町の様子を気にしているのだという話に発展していった。

たぬきも、宿場のおせんべい屋さんにかわいがられ、お手伝いをしておせんべいをもらったなんていう話につながっていった。
ひとつひとつの謎や不思議を、大事に大事におぼえていて、それを歩いている中で、あそんでいる中で、ふっとつなげていく、そこに豊かな、こうあったらいいなっていう想像力が働く、その陽気さ楽天さには、完敗でした。

でもそれは、ほおっておいたら出来なかった事でもあります。何でもいいからお芝居を作ってごらんでなく、大人自身もじっくり取り組んで、自分達なりに調べて、不安になって、でも何とかこの町のよさや歴史を感じてもらいたいともがいて、子どもに向かってこそ、出来てくる物語だと思います。
つまりかかわる大人と参加する子どもの共同作業なのだと、大きな流れを大人が作り、そこに子どもが思ってもみなかった行動と大胆さで、色を付けていく、その両輪がしっかり廻ってこそのお芝居つくりだと。

探検の途中で、まちの古老に会い、公園にはかつて大きな柳があったことを聞き、もっと昔は池があったことを知る。中川には、橋がなく、渡し舟で向こう岸へわったったことを知る。街道にお店がずらりと並び、おせんべい屋が七軒もあったことを知る。猫が通り、道の真ん中だけが濡れている、それがふしぎになり、それが他の不思議とつながってお話になっていく。そうして、公園が、見えない柳が、お話をしてくれた古老が、中川が、見えない渡し舟が、おせんべい屋さんが、猫が、…宝として光り輝きだす。…宝は、本当に近くにあったのだと実感する。

最後の発表はその紡がれた宝の数々を紹介する。今回は、3幕、1幕目は紙芝居、2幕3幕がお芝居と踊り。自分たちのできることで、伝えていく、そしてそれが、大事な宝として、友だちやお母さんお父さん、おとうといもうとに伝わっていく。

なにげない物がとてもかけがいのない物へ変化し、それぞれの心を揺さぶっていく事を、この実践は、教えてくれました。

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